ひねくれた態度・人生と人を敵に回す
ひねくれる。
三省堂 新明解 国語辞典によると
「性質、考えなどが、すなおではない」と明記されています。
さて、ひねくれた人とは、一般の人に比べて、考え方、行動が素直ではなく、他の人からとっつきにくい人等、思われてしまうのではないでしょうか。
ひねくれた態度を取る心理と問題
Index
1.ひねくれた態度姿勢は心理的防衛手段
2.ひねくれた態度から得るものは少なく人生の実りを削ぐ
1.ひねくれた態度姿勢は心理的防衛の手段
さて、ひねくれ、ひねくれている。
私は、これは、その人の心理的な自己防衛だと考えます。
ひねくれた行動、態度、姿勢を取ってはいますが、その裏には、本当は自分なりの素直さ等もあるのではないでしょうか。
しかし、それを表現出来ない何かがある。
それは、もしかしたら、過去、人から傷つけられた経験があり、だから、自分を守るため、敢えて、ひねくれた言動、態度、姿勢を取り、人を寄せつけまいとしている。
私にはそんなふうに感じます。
ひねくれた態度姿勢は、人を寄せつけまいとする心理的防衛であり
重い、鎧を身に付けておられるのではないでしょうか。
しかし、ひねくれの発揮から得るものは少なく、逆に、自己の立場、他者からの心象を悪くするだけです。
ひねくれる姿勢を取り続けるには、それなりの、何かがあったと思いますが。
現実を見て、考え、今も、ひねくれた姿勢を取り続ける必要があるのか、再考することです。
2.ひねくれた態度から得るものは少なく人生の実りを削ぐ
ひねくれの中にも、人としての個性は多々あると思います。
その個性を、オープンに社会的に好まれる形で、発揮した方が、人生の実りも違ってくると思います。
私も大学時、ひねくれた人間でした。
背景には、他者に対する諦め感、自分を分かってもらえないという思い込みの強さがありました。
また、人を寄せ付けたくなかった。
でも、自分が変われば、人が抱く自分に対する思いも変わるものです。
ひねくれた姿勢を発揮し続けることが悪いとは言いません。
しかし、ひねくれた自分にこだわり続けると
人を敵に回すことも多くなり
人生の実りを削いでしまうかもしれません。
そして、人から理解を得ることもなく、人を敵にまわしてしまいます。
その結果、真の個性を発揮する場を失ってしまうかもしれないのです。
人生の実りを体験したいのであれば、人との縁を大切にすることだと思います。
自分を過剰に防御せず、素直な気持ちでいること。
ひねくた態度の鎧を脱ぐことです。
大切ではないでしょうか。
今まで自分を守ってきた、ひねくれた態度からの脱却。
不安、恐れはあるでしょうが。
前に進みましょう。
心理カウンセリングは役立つものと思います。