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自分を惨めに追い込む目的と心理

自分のことを、意識的、無意識的にせよ、自分を惨めな状態、自分が惨めな人間であることを、証明、PRする為のごとく、自分で自分を惨めに追い込む人の心理とはどのようなものでしょうか。

人の行動には、例えそれがネガティブな結果を招くものでもあっても、そこには何らかの狙いがある場合(利得)もあり、また、無意識に刷り込まれた自己に対する証明行動等である場合があります。

自分を惨めに追い込む心理の様々な理由

Index
1.親しい人に罪悪感を抱かす・特に恋愛依存
2.無意識の思い(自分はダメ人間だと証明したい・親の言葉の呪縛)
3.社会が自分を受け入れてくれない苦しみ(社会への怒り・自己破壊)
4.惨めな自分に対する自己陶酔

1.親しい人に罪悪感を抱かす・特に恋愛依存

恋愛依存に象徴的な現象でしょうか。
恋人、パートナーを振り向かそうと、自傷行為、オーバードーズ、飲めないアルコールを一気に飲み干し、自分の体を傷つけます。

そして、自分を惨めに追い込みます。

この狙いは、「あなたが私を見てくれないからこうなったのだ」という、恋人(パートナー)への、しがみつき、見捨てられることへの不安感、復讐等、様々な感情が入り混じっていることでしょう。

恋人(パートナー)に対して、自分を傷つける、これらの行為より、パートナーに対して罪悪感を抱かす。
あなたが私を見てくれない、愛してくれないからこうなったのだという、パートナーへの見せつけの行為なのです。

しかし、その一番の狙いは、自分を常に見て欲しい、見捨てられることへの不安感、恐怖が、その心根にあることがあります。

親しい人に罪悪感を抱かす為、見捨てられない為、これは、また、1人ぼっちになる不安、淋しさ、恐怖を避ける為の、しがみつきの行為でもあるのです。

2.無意識の思い(自分はダメ人間だと証明したい・親の言葉の呪縛)

子供時、親から何をやっても、けなされ、バカにされ、罵倒され、無能のラベルを貼られた子供は、成長して大人になった時、どのような心理状態になるでしょうか。

2つのパターンを書きますが、共通していることは、親から受けた、侮辱的な言葉が、脳内に刷り込まれ、意識的、無意識的にせよ、自分はダメ人間であると、強い思い込みを抱いていることがあります。(私の想定ですが)。

a)自分の行為が成功、達成しかけているにもかかわらず、最後の一歩で失敗する

自分が懸命に行っている仕事、作業が軌道に乗り始め、最後の一歩、踏ん張りどころ、賭けどころで、なぜか失敗を繰り返し、いつも、成功目前で失敗、挫折を味わう。

まるで、「自分は成功してはいけない」、「自分はダメ人間だと証明したい」。
このような、感覚をお持ちの方がおられるとすれば、それは、「お前は成功しない」という、子供時、親から罵声を受け続けた、変換のメッセージでしょう。

子供時、親は何を頑張っても、あなたを褒めませんでした。
子供は当初思います。
「自分の努力が足らないからだ」。
しかしどれだけ頑張って、成果を上げても、親はけなす一方。
やがて、子供は思い込むでしょう。
「自分はダメ人間だ」と。

一旦、自分をダメ人間と思い込んでしまうと、どれだけ努力、頑張っても、成功、達成へのストッパー、ブレーキが働いてしまうことがあるものです。

親の言葉の呪い。
呪縛です。

b)何もしない人となる

親から子供時、褒められることもなく、罵声を浴びせられ続けると、自分は何をやってもダメ。
やがて、この子は次のように思います。
「自分はダメ人間、何もしない」。
「やっても無駄、なぜなら、自分は無能だから」。

これも、親の言葉の呪い、呪縛です。

自分はダメ人間、何を努力しても無駄と思い込んでしまうと、本当にそういう人生をおくってしまいます。
これは、無意識であることが多いと思われます。

そして、惨めな状態へと自然に移行します。

親の言葉(呪い)を、人生を賭けて証明する等、もったいないことです。

3.社会が自分を受け入れてくれない苦しみ(社会への怒り・自己破壊)

どれだけチャレンジしても、就職出来ない、居場所が持てない等。

人として認めてもらえない気がする、強い、不満を社会に対して、抱き続けられている場合、自分を受け入れてくれない社会に対する怒り、報復的感覚から、すべてを投げ捨てたように、徹底的に自堕落な乱れた生活をおくり続けられることもあるでしょう。

自分を惨めに追い込んで、社会に対して、「これでどうだ」と言わんばかりの、内面の激しい怒りに突き動かされ、自堕落で乱れた、惨めな自分を社会にさらすのです。

まるで、惨めな自分を社会にPRするように。
「社会が自分を惨めな姿に追い込んだのだ」、とも訴えかけるように。

もしくは、自分を認めない、社会に対する怒りの絶頂からずっと家にこもり、社会を呪い、自分の心と体を痛めつけ、自己破壊を試み、社会に対する憎しみと報復を果たすのです。

社会に対する報復が、自己破壊的行為とは、あまりも酷過ぎませんか。

本当は社会に対して、自分を認めて欲しい、分かって欲しい気持ちが根底にあったのですが、それが叶わず、社会への報復行為として、自分を惨めに追い込むのです。

4.惨めな自分に対する自己陶酔

ナルチスト。自己愛に溢れ、他者に思いやりのない人は実際に存在します。

では、このナルチスト的感覚が、惨めな自分で在ることによって保たれる人は、いるのでしょうか?

昼間から強引な飲酒、ヘロヘロで街中を歩き回り、ボロボロの服、惨めな私を見て!
自己陶酔。

でも、もしかしたら、この方は脳機能や人格の異常ではなく、心から助けを求めているのかもしれません。

「助けてください」を口に出すことが出来ないため、惨めな自分を自己陶酔的に演じているだけかもしれないのです。
そして、他者よりの言葉がけ、助けを待っているかもしれないのです。

以上、私の想像も含めて、自分を自分自身で、惨めに追い込む人の心理について、書かせて頂きました。

よくよく思い振り返ると、私にも、この傾向はあるように思います。
もしかしたら、多くの人にも、この傾向はあるかもしれません。

特に、責任転嫁をする人は要注意でしょう。

「お前がこうしたから、俺はこういう行為をしているのだ」。
「あなたが私の言うことを聞いてくれないから、私の心はボロボロよ」
等々。

自分も責任あることを、他者責任、責任転嫁をして、相手に訴えかける。
もしくは、自分を惨めに追い込んで、相手に罪悪感を抱かし、相手を自分に都合のよいように変える試みを行う。

一般的によくある心理、行動様式と思いますが、やり過ぎには注意が必要です。

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