歓迎されて生まれたけれど親の期待を満たせない期待はずれな子
親の勝手な期待を満たさないため期待はずれな子とレッテルを貼られる
私は誕生時、親や周囲に歓迎されて、生まれてきた子供であると知っています。
そして、大切にされたと思っています。
でも、成長とともに、期待はずれな子でありました。
親、とくに母の期待を満たすこと。
母の子供時のように、母(私からみた祖母)の期待した、勉強が出来、活発で、目立つ子にはなれませんでした。
今でも私の社交性は、さほど高くなく、活発な性格ではないと認識しています。
でも、本当に私は、そもそも不活発な子どもだったのでしょうか。
実は小学生 1年時、2年時の成績表を数年前に実家で見た時のことを記憶しています。
小学生低学年時は、京都市中京区に住んでおり、子供の数が少なく、1学年2組でした。
そして、1年時、2年時、クラス替えもなく、担任も同じでした。
成績表の横には、担任の先生のコメント欄があり、
次のようにコメントされていました。
1年時 クラスにも溶け込もうと、元気さも出てきている
2年時 おとなしい 元気がない もっと活発に
クラス替えもなく、いじめもなかった当時
なぜ、たった1年で、先生の評価は逆転したのでしょうか。
これは推測ですが、おそらく、母が、私がテストで低い点、評価の低い成績表を見せるたびに、私に厳しく、否定的に接した結果だと思います。
家での自己を取り巻く環境の変化は、学校での行動、態度、振る舞いにも影響しているのでしょう。
勉強が出来ない私は、母に怒られるたび、自分の心を閉ざしていったのでしょう。
これ以降、私が集団内で元気、活発であった記憶はありません。
でも、もともと私は元気な子供だったのかもしれません。
それが、親の養育態度により削がれたのでしょう。
さて、子供は親の期待を満たすために生まれてくるのではありません。
自分の人生を生きるために生まれてくるのです。
私は確かに、母の期待を満たす、活発で勉強の出来る子供ではありませんてせした。
でも、子供には子供の個性があり、親は子供の個性を見つけ、伸ばしてあげることが、子育てなのではないでしょうか。
私は親の期待を満たすことが出来ませんでした。
でも、それは、勝手に親が私に期待したこと。
さらに、私は親より、期待はずれな子としてのレッテルを貼られました。
母は私によく言っていました。
「あんたなんか、産むんじゃなかった」。
ここにも、親の身勝手さがあります。
私、産んでくださいと頼んだ覚えはありません。
親がお楽しみの後、勝手に生まれたのです。
もう1度書きます。
子供は親の期待を満たすために生まれ、存在するのではありません。
親よりも進化して。
新しい社会に調和して、自分の人生を歩むために、生きていくのです。